メイリオのサンプルの文章を打ち直したものです。誤字などがあるかもしれません。

文字造形の基本条件は、読みわけやすさlegibility見た目の美しさbeauty特徴があることcharacterの三点である。これらの資質を満たした文字造形は、過去二千年間に蓄積された碑文や写本の中から無数に見い出すことができる。しかし残念ながら、かつての写字生、印刷者、石彫家の伝統技能はすたれてしまった。それにかわって巷に蔓延している劣悪な文字やレイアウトにわれわれの目は慣れてしまって、いまや本物の文字造形を見極める能力を喪失しようとしている。

近年になって美しいアルファベットをデザインし、それを印刷用の文字活字に用いて美書を蘇らせようといった試みがなされ、なかには素晴らしい書物も誕生している。だが古文書額とタイポグラフィの知識はまだ限定的なものであるために、その制作意図がぼやけがちだ。その結果えてして装飾性にばかり比重がかかり、ことばの意味の伝達という、本来の文字と書物の機能がおろそかになっているように見受けるものがある。このように「文字の制作技術Letter-craft」に暗いままに書物をつくると、せっかくの労作によるそうした美書よりも、美観ははるかに劣っていても、当たり前だけにまだ読みやすいという従来の貧弱な印刷本を選択せざるを得ないといった困難な状況を招いてしまう。

過去の写本や碑文のうち、際立った特徴のある文字造形の顕在化のプロセスとは実に自然な流れに沿っており、そのプロセスを知れば、文字を分析して文字の形姿についての審美基準を理解することが容易になる。けれどもそれほど多くの古写本や石碑に精通しなくても、初期の文字造形に対する審美基準と方法論は自ずと明らかになるであろう。そして入手可能な写本を丁寧に研究して、優れた文字造形に慣れ親しみながら、同時にペンやノミなどの筆記具を用いて模写する実践的な経験を重ねていくことをすすめたい。

そのためには文字の可読性についてたゆまず考えて、状況に合った読みやすい文字の手本を探すことになる。ところが「読みやすいreadable」とはきわめて主観的なもので、ひとびとは見なれた文字を好み、それを読みやすいと感じる傾向がある。一般的には汚い文字であっても、それを見なれている人にとっては読みやすく、それよりずっと判読性にすぐれた美しい文字であっても、見なれていないがために読みにくく感じることがあるので注意が必要である。つまるところなすべきことは「よい文字をつくり、それをうまく構成するto make good letters and arrange them well」、これにつきるのである。

よい文字をつくるとは、必ずしも文字をデザインするということにはならない。アルファベットとはすでにデザインれている造形なのである。したがって状況に合った文字を選択し、自分の眼で構成するのである。そのために求められる能力は、芸術的感性よりはむしろ文字の形象に関する生きた知識であり、それらを臨機応変に使いわけるための情報処理能力なのである。

メイリオの画像サンプルに使用されている文章は、原著 “Writing & Illuminating & Lettering”(Edward Johnston, 1906)、邦訳『書字法・装飾法・文字造形』(朗文堂刊、2005年出版)の一部を河野英一が編集したものです。